【今週の礼拝メッセージ】

 

  神のみことばを深く悟らせていただき、

  真理によって、歩んでいきましょう。

  神を知ることこそ、最高の幸福です。

 

 

 

◆幼子も礼拝します。あーめん。

 

 

2018年7月22日 山口春雄牧師

 

 

 

今日は、出エジプト記207節を中心に「十戒」の第三の戒めについて学びたいと思います。十戒を学び始めて4週目になります。

 

 

 

私たちは、この十戒を大切にしようとすると「こういうことはいけないのだろうか」と、違反を恐れてびくびくした生き方になってしまうのではないでしょうか。しかし、この十戒の本当の目的は、私たちが神様を愛して生きることの素晴らしさについて教えているものなのです。

 

 

 

今回は、「主の御名をみだりに唱えてはならない」という第三の戒めです。ここを注意して見て頂きたいのは、神様の御名を唱えてはならないということではなくて、「みだりに」唱えてはならないと言うことを言っているのです。

 

 

 

「みだりに」というは、「不適切にということです。しかし、私たちのクリスチャン生活を振り返ってみますと、神様の御名を唱える信仰生活をしているかと言うとそうではないと思います。ですからこの戒めを聞いてもピンとこない人も多いのではないでしょうか。それよりも、みことばを信じてそれに従うことが信仰生活の中心ではないかと思います。そうなると、「主の御名を唱える」ということは、あまり重要なことではないように思いますが、そうではありません

 

 

 

出エジプト2024節をご覧ください。私たちが主の御名を唱えることと、神様の祝福を頂くと言うことには、とても密接な関係があると言うことが分かります。

 

 

 

ですから、この第三の戒め「主の御名をみだりに唱えるな」ということは、神様を信じてもいないのに、自分の願いや利益のために見せかけの信仰によって、主の御名を利用することは許されるものではないという戒めなのです。

 

 

 

イエス様もマタイ721節以下にこのことを忠告しています。ですから、私たちが主の御名を口にする時は、特に注意深くあらねばなりません。そう言う意味でこの戒めは、私たちの言葉の誠実さが求められている戒めだと言えます。

 

 

 

残念ながら、私たちが生活しているこの日本は、本音と建前を使い分ける文化が根ざしていますので、聖書が求めている「はい」は「はい」「いいえ」は「いいえ」という言葉の誠実さから見れば少し問題があるような気もします。

 

 

 

昔、アメリカ人の宣教師が日本に来て伝道を始めました。トラクトを配り家々を訪問して集会に誘ったそうです。多くの人が「はい。ありがとうございます。是非行かせて頂きます。」と言ってくれたので、次の礼拝には大勢の人が来てくれると心待ちにしていたのですが、現実は誰も来てくれなかったそうです。私たち日本人から見れば容易に想像できることですが、この宣教師はとてもがっかりしたそうです。ですから、私たちクリスチャンの生き方はそうであってはいけないのです。

 

 

 

ですから、この第三の戒めは、全体として何を戒めているのかというと、単に神様の御名を不適切に唱えないと言うだけではなくて、私たちの日々の生活において、口の言葉の誠実さと誠実な心の態度で生きることを求めている戒めなのです。

 

2018年5月6日  山口 春雄牧師

 

今日は、ヘブル12章1節~3節より「輝いた信仰生活を送る秘訣」という題で、み言葉から恵みを頂きたいと思います。

 

 

 

12章1節を見ますと、キリスト者の人生がどういうものであるのかということが分かります。それは、競走にたとえることができるのだと言うのです。私たちは競争と聞くと、あの人には負けられないと言った様に、誰かと張り合ったり競い合ったりすることを考えるのではないでしょうか。しかし、ここで言っている競争とはそう言った争うことではありません

 

 

 

もし皆さんの信仰生活が、人との争いを意味する信仰の競争であるならば、神様が願っているキリスト者としての歩みから大きく外れていると言えます。ですから、私たちキリスト者は間違った競争をしてはならないのです。

 

 

 

神様は、私たち一人一人にそれぞれこの道を走るようにと、それぞれの歩むべき道を備えておられるのです。ですから、私たちクリスチャンは神様がそれぞれに備えてくれたキリスト者としての道を、まっすぐ歩むことが大切です。私も20歳で洗礼を受けた時与えられた伝道者という道を、今歩んでいるということは本当に幸いに思います。

 

 

 

キリスト者の人生は「競走」だと言いましたが、その競走においては誰が敵でもライバルでもありません。もしあるとすれば、自分自身の不信仰との戦いがあると言えるでしょう。ですから1節後半に「いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて」とあります。

 

 

 

そこで、キリスト者としての競走を、しっかり走るために注意しておかなければならないことがあります。

 

 

 

その一つは、正しいコースを走っているかどうかということを常に確認しておかなければなりません。自分勝手なコースをどれだけ全力で走ったとしても、それは全く意味がないからです。ですから、常に自分の走るべきコースが正しいかということを確認することです。

 

 

 

もう一つは、必ず疲れを覚える時があると言うことを心得ておくということです。私たちは、どんなに神様の信じていても、時として元気を失うことや疲れを感じることがあるのです。いつも元気ハツラツとはいかないのが現実です。感謝なことに、神様はそのことをすべてご存知の上で私たちを導いて下さいます。

 

 

 

では、どうすれば忍耐を持って走り続けることができるのかというと、それを可能にしてくれるのが12章2節で示されているみ言葉なのです。ここを一言で言えば「イエス様から目を離さない」ということです。なぜなら、イエス様こそが私たちに信仰を与えて下さり、良い業、良い働きへと導いてくださるからです。

 

2018年4月22日  山口春雄牧師

 

今日は、テモテ4章1節~8節までの所からですが、特に7節を中心に「輝いた信仰生活を送る秘訣」という題で、み言葉から恵みを頂きたいと思います。

 

 

 

7節をご覧下さい。ここを見ると「敬虔のために自分を鍛錬しなさい」とあります。鍛錬という言葉を聞くと難行苦行といった修行のことを言っているのではないかと思いますが、聖書の言っている鍛錬とはそういうことではありません。

 

 

 

テモテ第一の手紙は、全体で6章から構成されていて二つの内容に分かれている短い書簡です。前半は1章~3章までのところでパウロはここで、信仰生活における外面的な部分について語っています。具体的にどういう内容かと言うと、教会の信徒は男性も女性もそれに相応しく規律のある教会生活を送りなさいと言うことです(2:8,9)。教会の指導者に対しては指導者に相応しくありなさいとも言っています(3:1以下)

 

 

 

4章に入りますとパウロはここから内面的な信仰者としてのあり方について語っています。ですからクリスチャンは外面的にも内面的にもバランスのとれた品性を持った信仰者でなければなりません。特に内面的な部分は神と私と言う関係が強く関わって来ますので大切にしたいものです。それが信仰者として輝く大切な要素であるのです

 

 

 

そこで今日は、そのような魅力あるキリスト者であるために何を大切にし、どういう生き方をするべきか、ということについて見てみたいと思います。

 

 

 

4章7節をご覧下さい。「敬虔のために自分を鍛錬しなさい」とあります。ここで注目したいのは「敬虔」という言葉です。辞書でこの言葉を調べてみると「慎み深くある」と説明しています。確かにクリスチャンは、出しゃばったりしないで慎み深くあるということは大切だと思いますが、聖書が教える「敬虔」とはそういう意味ではありません。

 

 

 

聖書の「敬虔」という言葉の意味は、「神を畏れる」あるいは「神の前に喜ばれる生き方」という意味です。ですから、敬虔のために自分を鍛錬するということは、常に神を意識した生き方の中で、物事の善し悪しを判断し決断すると言うことを心掛けて生活しなさいと言うことです。この毎日積み重ねによって、敬虔という信仰のが身につくのです

 

 

 

では具体的に、どうして私たちはこの「敬虔」つまり「神を畏れる生活」が大切なのかと申しますと、二つの内容があります。

 

 

 

一つは、それなくして人は、物事の善し悪しを正しく判断することが出来ないからです。私たちはクリスチャンでもクリスチャンじゃなくても人生の中で様々な出来事の中で、物事の決断をしなければならないことがあります。その判断基準をどこに置いているかによってその人の人生は大きく変わってきます。ですからどうしても「敬虔」な信仰生活が必要なのです。

 

 

 

もう一つは、生き生きとした信仰生活であるためなのです(箴言28:1)。日本は恥の文化であるとよく言われます。人知られなければ何をしても構わないと、私たちクリスチャンはそうであってはいけません。

 

 

 

そして、敬虔な信仰生活を心がけるとどうなるのかと言うと、その生き方に輝きが増してくるのです。(ピリピ2:1216)。私たちは、人の目人の評価を意識した生き方ではなく、神を畏れる生き方でなければなりません。魅力あるキリスト者として輝いた信仰生活を送る秘訣はここにあるのです。

 

 

 

 


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